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悪いのはお母さんたちではなく、子供が泣くことを許さない社会だ。

戯言

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 俺の住む地域には大きな公園がある。休日の散歩中、その公園の横を通るが、遊んでいる子供が少ない。住宅街の真ん中で近くに学校もあるので、近所に子供がいるはずだが見かけない。

 

 そんな話を子育て中の同僚に話した時、公園で遊んでいたら、子供の甲高い声がうるさいと公園の近くの住人から注意されたと聞いたことがある。

 

 公園近くの家を買うというのは、公園の騒音を考慮して購入しているはずだ。もしかしたら、その人が家を探している時、公園が静かで騒音について思いつかなかったのかもしれない。ただ、公園をよく利用するのは誰かを考えれば、購入前に騒音について分かるようなものではないか?

 

 少子化社会と呼ばれる現在、子供と接する機会が減った。俺が子供の頃は、住宅街を子供が走り回っていて、近所のおじさんが注意するというのが日常茶飯事だった。当時もファミコンというテレビゲームがあり、子供たちみんながみんな外で遊んでいたわけではなかったが、それでも夕御飯前までは、子供が大声で叫んだりしてうるさかったものだ。あの当時、子供の声は騒音ではなく、生活音だった。その環境にあるべき音であり、自然の音であった。 

 

 同じように赤ん坊は泣くのが当たり前で、俺が子供の頃は、赤ん坊は泣くのが仕事だと言われていた。それが、今は人前で赤ん坊が泣くと、まわりの大人たちから冷たい目で見られ、母親が肩身の狭いを思いをする。

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 日本はいつからこんな心に余裕のないギスギスした社会になったのだ?自分たちが赤ん坊の頃、子供の頃、まわりの人に迷惑をかけてこなかったのか?自分たちが大人になったら、そんなこと知りませんなのか?

 

 核家族化が進んで子育てにかかる母親の負担は増している。昭和以前の頃のような、祖父母たちの協力は簡単に得られない。また、イクメンの存在がもてはやされており、日本の多くの父親が育児参加にしているように思われているが、実際のところ、家事を少し手伝う程度であり、育児に対する貢献度は少ないように思える。

 

 そんな中、一人で子供を育てる母親を助けない社会とはなんだ?

 

 積極的に助けるの難しくても、消極的な手助けはできるだろ?赤の他人の子育てを手伝うのはできないが、子供が泣くのぐらい我慢できるだろ?住宅街の道路で遊ばせたり、大型スーパー内で遊ばせるのは危ないから認めるわけにはいかないが、公園で遊ばせて、大声で叫ぶぐらいいじゃないか?赤ん坊が電車の中で大泣きしようが、いいじゃないか?そのぐらい我慢できないほど、心に余裕がないのか?

 

 ムカつくことに、大型スーパーで子供を走り回らせている親とかは、まわりの迷惑を考えず好き勝手にやっている。その裏で、真面目な親が、まわりの目を気にして、神経をすり減らして、子育てをしている。

 

 良識ある大人が取るべきことは、公共の場ではない場所でまわりに迷惑をかけている自分の子供を注意しない親を注意することであり、電車の中で必死に赤ん坊を泣き止ませようとしている母親を冷たい目で見ることではない。

 

 俺には子供がいないが、子供だった時はある。当時の俺は、その当時の大人たちに色々迷惑をかけたはずだ。だからこそ、俺は今の子供たちの味方でありたいし、真面目に子育てしている親たちの味方でありたいと思う。

 

 俺の声がどれだけ、全国の子育てで苦しんでいる人に届くかどうか分からないが、言わせてもらいたい。

 

 「全国のお母さんたちへ。悪いのはあなたたちではなく、子供が泣くことを許さない社会です。子供が泣いても慌てず落ち着いて泣き止ませて下さい。あなたのまわりにいる大人も昔は泣いて、まわりに迷惑をかけていた人ばかりです。あなたのお子さんが泣き止まないことを責めることができる人はその場にいません。本来、子育てはあなただけでやるものではありません。俺も含め社会全体でやるべきことです。だから、困った時は、まわりに助けを求めて下さい。必ず誰か助けてくれる人がいるはずです。あなたは独りではない。それだけは忘れないで下さい。」

 

 俺にもっと発信力があれば、今の社会を少しでも変えることができたかもしれないと思うと情けないが、俺にできるのはこれぐらいです。面目ない。