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ゲンこよ 第1夜『人は見た目が9割?』

小説

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 『ゲンさんは今宵も独りである。』(略して『ゲンこよ。』)

 第1夜『人は見た目が9割?』

 

 繁華街から少し離れた場所にある居酒屋『かぶき』。カウンター席が4席、4人用テーブル席が2つの小さな店である。店の名物は料理ではなく、老若男女問わず好かれる女店主のミサキである。端正な顔立ちに泣きぼくろ、黒く長い髪を後ろに結い、着物に身を包んだそのたおやかな見た目とは真逆の男勝りの性格が客を虜にする。彼女は子持ちのバツイチではあるが、好意を寄せる男は多い、しかし、未だに彼女は独身である。そして、なぜだかお店はいつも閑古鳥が鳴いている。

 

 そんな居酒屋『かぶき』に今日も独りの客が管をまいている。カウンター席に座っている客は、OLの只野スミレ。30歳。先月の30歳の誕生日前日に8年付き合った彼氏にフラれたばかりである。

 

「あり得なくないですか?8年ですよ?8年!私の20代を散々楽しんでおいてですよ?」

「別れた理由は、職場の後輩だっけ?」

「うん。一年前に入ってきたばかりの新入社員。彼、教育係として、彼女と一緒に営業まわりしていて、気が合ったんだって。気が合うって何よ?私とだって気が合うと言っていたのに!若けりゃ誰でもいいのかっていう話ですよ!今夜はこれから二人で温泉旅行に行くんだって。ああムカつく!二人とも事故って死ねばいいに!」

「ダメよ。そういうこと言っちゃぁ。そうね。酷い男よね。でも、女は30過ぎてから輝くのよ?20代の女で満足する男なんてガキよ?そんな男、別れて正解よ?」

「ミサキさん、いつになったら、白馬の王子様は来るんですか?」

 

 スマホを見るミサキ。

 

「後、5分ぐらいかしらね?」

「えっ?何ですかそれ?」

 

 ガラララ。店の引き戸を開ける音が響く。

 

「こんばんは!」

 

 明るい声で挨拶しながら全身を和柄でコーディネートした男が店に入ってくる。

 

「いらっしゃい!ゲンさん、今日もカウンターでいい?」

「いいけど、いいの?そこのお嬢さんに迷惑じゃない?」

 

 ゲンさんと呼ばれる眼鏡をかけた丸顔のおっさんが入り口に立っていた。身長は低いが体つきはガッシリしている。和柄の派手な服装から職業は分からないが、ヤクザもんというわけではないらしい。

 

「ゲンさんに、この子の相談相手になってもらいたいのよ。」

「まあ、俺は女性と呑めるのならいいけどね。悪いんだけどさ、先にちょっとトイレ借りていい?」

「OK!ドリンクとおつまみはいつものでいい?」

「ああ、いつものでお願い。」

 

 ゲンがトイレに入るやいなや、スミレがカウンター席から身を乗り出して、ミサキに質問する。

 

「凄い!なんで?なんで時間まで分かったの?」

「一日中、Twitterをチェックしているからね。」

「Twitter?」

「彼、私の元カレなのよ。だから彼のTwitterをチェックしているの。」

「えっ?元カレですよね?」

「うん、元カレよ?だから、チェックするのよ?」

 

 ミサキはゲンの元カノでありネットストーカーなのである。居酒屋『かぶき』がオープンしたばかりの頃、ミサキは常連のゲンと付き合い始めため、それを知った他の男性客が自然に店を離れてしまう。その後、ミサキとゲンは別れたのだが、ミサキはネットストーカーとなり、他の男には見向きもせず、毎日、ゲンの行動を監視するようになったのだ。

 

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「お待たせ。ここに座ればいいのかな?」

 

 ゲンがスミレの横に座る。

 

「初めまして。こんな格好ですが、一応サラリーマンをやっているゲンです。」 

「初めまして。私もOLをやっている只野スミレです。」

「只野さんと呼べばいいのかな?それとも、下の名前で呼んだほうがいい?」

「どちらでも呼びやすい方で。」

 

 初めて会った女性に馴れ馴れしいゲンに、スミレは不快感を覚えた。

 

「じゃあ、スミレさんで!それにしても、こう間近で顔を見ると、スミレさん、本当にかわいいよね。やっぱり彼氏とかいるんでしょ?いや~、こんなかわいい彼女がいる彼氏がうらやましいわ!」

「先月、別れました。」

「えっ!別れたの?こんなにかわいいスミレさんと?もったいない!俺なら絶対別れないけどなぁ~。そうか、今、フリーなんだ。」

「はい。」

 

 スミレの別れ話に喜ぶゲンを見て、さらにスミレの不快感は増す。

 

「そうか、そうか。それじゃあ、俺と付き合わない?」

「えっ?今、会ったばかりですよね?私のこと何も知らないですよね?それは見た目だけ良ければいいということを言っているのですか?私、外見しか見ない人とは付き合わないです。」

 

 あまりの無神経ぶりにスミレも腹が立った。世の中には、ヤリ目の男しかいないのか?こんなやり取りで、女を口説けるとこの男は思っているのか?こいつのどこが白馬の王子様なんだ?ミサキさんはなんでこんな男と付き合ったんだ?

 

「それは残念だな。でも、俺は外見だけで判断していないよ?人は見た目が9割と言うけど、その外見で色々分かるんだよ?」

「どういうことですか?」

「スミレさんの髪、手の甲、爪先を見ただけで、女子力が高いのが分かるよ?髪の軽やかさからシャンプーはノンシリコンを使っているみたいだし、手の甲の肌艶から毎日ハンドクリームで保湿しているでしょ?爪先もしっかり手入れしているみたいだし。身だしなみに気を付けていることから、最低限の社交性と流行に敏感なことが分かるよ。ちなみに、その艶のある口紅も今流行のモテリップでしょ?」

「はい。そうですけど、なんでそんなに詳しいんですか?ファッション関係の方なんですか?」

「いやいや、違う。ただ、今まで付き合ってきた彼女から、色々聞いて詳しくなっただけ。」

「ゲンさんが言っていることは、やっぱり外見ですよね?」

「そうかな?それじゃあ、スミレさんが今食べているその食べかけのホッケの開き。それと箸の持ち方から、しつけの厳しい両親から育てられたことが分かるよ。そして、俺の誘いに対し、露骨なまでの拒絶から見える警戒心。貞操観念がしっかりしているのが読み取れる。他にも色々あるけど、総合して判断すると、スミレさんは真面目で一途な性格だと分かるんだ。これだけ分かれば俺は十分なんだけどね。ダメかな?」

「ゲンさん頭いいんですね。」

 

 スミレは嫌味を込めて褒めてみた。

 

「いやいや、そんなことないよ?」

 

 真に受けるゲン。 

 

「絶対、頭いいですよ?色々知っていますし、ゲンさんモテるんじゃないですか?」

 

 スミレは面倒くさいオッサンをヨイショすることでその場をやり過ごすことにした。

 

「いや~、こんな見た目だからさぁ。全くモテないんだよ。」

 

 スミレは心の奥底から頷く。うんうん、その外見ではモテないわな。何このオッサンキモいわ。

 

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「スミレさん。もう11時よ?終電大丈夫?」

 

 ミサキの言葉でスミレは我に返る。スミレはあれだけ嫌いだったゲンと1時間近く話し込んでしまっていた。

 

「スミレさんは甘い物好き?」

「はい!大好きです。」

「今度、一緒にパンケーキでも食べに行かない?1人では入りづらいんだよね?どうかな?」

「土日なら休みなんで大丈夫ですよ?」

「じゃあ、取りあえずLINE交換しておこうか?」

「はい。お願いします。」

「ああ、ズルい。私も!」

 

 カウンターの向こうからミサキがスマホを差し出す。スミレはミサキともLINE交換をする。

 

 ピンポーン!

 

 早速、スミレのLINEにミサキからメッセージが入る。

 

「私のゲンさんを取ったら、殺すぞ。すぐに店から出て行け!」

 

 スミレは目を疑った。カウンターの向かいで笑顔で立っているミサキとLINEのミサキが一致しない。あれだけ親身に話しを聞いてくれた優しいミサキさんが別人のようだ。人は見かけに寄らない言うが本当だ。

 

「もう遅いので、私、帰りますね。ご馳走様でした。」

 

 スミレは会計を済ませると、逃げるように店を後にした。

 

 ミサキが言っていた白馬の王子様は、スミレにとっての王子様ではなく、ミサキにとっての王子様を指していたのだ。ミサキは元カレのゲンがいい男だと言う自慢がしたかっただけで、スミレと付き合うことは許せないのだ。

 

 その後、ゲンはミサキと会話しながら1時間ほど酒を飲む。ゲンはスミレにLINEでデートのお誘いをする。しかし、スミレからの返信は「付き合えないし、二度と会いません。」という御断りメッセージだった。

 

「ミサキ、スミレさんにフラれちゃったみたい。俺、どこが悪かったんだろう?」

「さあね?自分から話してばかりで、相手の話を聞かないからじゃない?それに会ってすぐ付き合いたいって言うのはどうかな?大人の恋愛はいつの間にか付き合っているというものでしょ?言葉に出して付き合おうと言うのは子供の恋愛でしょ?そんな子供みたいな男と付き合いたくないんじゃない?いい加減学んだら?」

「そういうものなのか……。俺もまだまだだね。」

 

 ゲンはミサキの妨害工作に気付かず、今日も独りで酒を呑む。

 

 ゲンさんは今宵も独りである。