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「使う部屋と時間を教えて。」~怖いマンション騒音トラブル体験談

戯言

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 春になると思い出すことがある。俺は大学生になって初めの一か月間、少しだけ独り暮らしをしたことがある。そして、ノイローゼになった。 

 

 部屋は転勤中の叔父さんの家を借りており、生意気にも大学生の独り暮らしなのに3LDKだった。転勤した叔父夫婦は5年ぐらいで戻るらしく家具家電はほとんど残されており生活感があった。残されたホワイトボードには、うっすらとビールと書かれているのが読み取れた。もしかして、冷蔵庫にビールが入っているのか?新生活を始める俺への餞別かと思い冷蔵庫を開けたが中は空っぽだった。そして暗かった。電気コードがコンセントに刺さっていなかったのだ。あのうっすらと書かれたビールという文字は古くなったホワイトボードの消しきれなかったものだったらしい。とんだぬか喜びだ。

 

 荷物を運びこんで気付けば、お昼を過ぎていた。晩御飯用に弁当と交換用にベッドシーツ、バスマットを買いに出かけ、昼食後にトイレと風呂を念入りに洗った。当時の俺は潔癖症だったため、他人が使用した物は使えなかった。

 

 部屋の片付けが終わったのは、夜の9時前だった。俺はソファーに横になりながら、テレビでやっていた映画を見始めた。

 

 ドタドタドタ。

 

 天井から足音がする。おかしい、上の階は誰も住んでいないはずだ。俺が叔父さんから聞いていた話では、上の階の住人は引っ越して今は誰も住んでいないはずだ。あの足音はなんだったんだろう。天井から聞こえたぞ?怖い。今、見ているホラー映画『仄暗い水の底から』の影響か?それとも初めての独り暮らしによる寂しさ、心細さが俺にありもしない足音を聞こえさせているのだろうか?心の中で何度もさっきの音は気のせいだったと、自分に言い聞かせ映画を見続けることにした。

 

 ドタドタドタ。

 

 まただ。いやいや気のせいじゃないだろ?今、はっきり聞こえたろ?叔父さんが引っ越したのは3週間前。引っ越した後で、上の階に新しい住人が来たのかもしれない。しかしだ。もう、夜の10時だぞ?あの足音は子供の足音だ。こんな夜遅くにマンションの部屋で子供を走らせる親がいるか?

 

 ドタドタドタ。

 

 夜11時半。まだ子供の走る音が天井から聞こえる。これは幻聴ではない。間違いなく、上の階には住人がいる。明日、マンションの管理人に聞いてみよう。俺は恐怖心と腹立たしさがない交ぜの状態でベッドにもぐった。寝室の天井からも足音が聞こえる。どうやら上の階の子供はリビングから寝室までを往復しているみたいだ。うるさい。眠れな……

 

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 気がつくと朝になっていた。なんだかんだ言っても、引っ越しで俺も疲れていたらしく、ぐっすり眠ることができたみたいだ。顔を洗って着替え、朝食を買いにコンビニへ行くため部屋を出た。マンションの入り口を出たところで、白髪で上下緑色の作業着を着たおじいさんが掃除をしていた。俺は軽く頭を下げ、目の前を横切る。

 

「305号室の方ですか?」


 後ろから先程のおじいさんが俺に声をかけてきた。

 

「えっ?なんで分かったのですか?」
「私、ここのマンションの管理人をやってる柿崎です。高柳さんから3月から甥っ子さんが引っ越すことを聞いていました。このD棟には20代前後の方は住んでいないので、もしかしてと思いまして。」
「はぁ、そうですか。」
「何か困ったことがあれば、午前だけですが、管理人室にいますので仰って下さい。」

 

 俺は昨日のことを思い出した。

 

「405号室に誰か引っ越して来ましたか?」
「音野さんのことですか?」
「人が住んでいるのですね?」
「はい。一週間ほど前に引っ越してきたご家族さんです。お子さんが二人いまして、上のお子さんがまだ幼稚園のはずです。」
「昨日の夜、子供の走る足音がうるさかったんで注意してもらうことはできませんか?」
「分かりました。たぶん音野さんは下の階に誰もいないと思っていたのだと思います。」
「この前、叔父は引っ越しましたが、名義はそのままです。人がいると思うのが普通じゃありませんか?」
「音野さんが下の階のことを気にされていましたので、引っ越されて、しばらくは誰もいないと伝えました。」

 

 おいおい、このマンションにはプライバシーがないのかよ?とにかく俺はコンビニで弁当を買って、テレビを見ることにした。

 

 ドタドタドタ。

 

 夜だけでなく朝もうるさい。上の階の住人は家にいる間、子供を部屋のなかで走り回らせる家らしい。一軒家でなくマンションなのに。とりあえず管理人にが相手に話してくれるまで我慢だ。下に人が住んでいると分かれば、この騒音も収まるだろう。

 

 怒りを鎮めるため、台所に向かい水を飲んだ。そして、俺は名案を思いつく。上の階の住人に引っ越しの挨拶をしよう!これで全部解決だ!俺はすぐに家を出て、菓子折りを買って、挨拶に向かった。チャイムを鳴らし、出てきたのは眼鏡をかけた普通の主婦だった。

 

「すみません。昨日、下の階に引っ越してきた高柳と申します。こちらつまらないものですがどうぞ。これからよろしくお願いいたします。」


 俺は作り笑顔で菓子折りを渡す。内心ははらわた煮えくっていた。


「あら、こちらこそすみません。先程、管理人さんから聞きまして、うちの子の足音がうるさかったんでしょ?ごめんなさいね。てっきり下には誰も住んでいないと思っていたので。」
「いえいえ、分かってもらえればいいんです。これからもよろしくお願いいたします。」
「ところで、普段どの部屋を使っています?」
「えっ?どの部屋?」
「使っている部屋と時間を教えて貰えれば、その部屋以外で遊ばせますので。できれば詳しく教えて下さい。」

 

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 ……えっ?今、なんて言いました?俺の理解力の問題なのかな?上の階の住人は子供を部屋の中で走らせるために、下の階の俺が使用する部屋を制限されるということのなのか?まさか、そんなわけないよな?嫌々、あり得んでしょ?一応、確かめてみよう。たぶん、俺の勘違いだよ。

 

「僕の聞き違いかもしれませんので、確認させてほしいのですが。僕が使用する部屋と時間帯をあなたに伝え、それに合わせてお子さんを走り回らせるということでしょうか?」

「何か問題がありますか?独り暮らしなんですよね?一度に全部の部屋を使いませんよね?」

 

 あれ?なんだろうな。話は噛み合っているけど、おかしいぞ?俺の部屋なのに使える部屋と使える時間が、上の階の住人によって制限されるのか。

 

 そんなのあり得んだろうが!ふざけるんじゃねー!!!

 

「お子さんを外で遊ばせないのですか?」 

「外は危ないですから。」

「近くに小さいですが公園ありますよね?」

「なんですか?うちの子をどこで遊ばせようと自由じゃないですか?うちは外ではなく部屋で遊ばせる方針です。」

 

  お前の方針なんか知らねーよ!俺にはあれこれ要求しておいて何を身勝手なことを言っているんだよ!

 

 「そちらの都合でこちらに我慢しろとおっしゃるのですか?」

「いい加減にして下さい。私たちこれから出かけるんです。もう帰って下さい。」

 

 俺は玄関から強引に追い出された。

 

 その足で管理人室へ行き、全てを話した。

 

  数日後、管理人から電話がかかってきた。

 

「405号室の音野さんと話しました。今後はリビングのソファーに布団を敷いて、その上で遊ばせるということで納得していただきました。」

 

 開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。俺の予想を斜め上を行く解決方法を提案してきた。管理人さんと上の階の住人でどういう話の流れになったのか分からんが、何をどうやったらそんな解決方法になるのだろうか?

 

「部屋で走り回らせないということはできなのですか?朝早くと昼は我慢できますが、夜11時以降もうるさいのは非常識過ぎます。ここは一軒家ではなく、マンションですよね?おかしくないですか?」

「私も色々話してみたのですが、中々納得してもらえなくて。明日、もう一度話してみます。夜だけでも静かにしてもらうことでいいですか?」

「納得いきませんが、お子さんも小さいですし、それで我慢します。」

「分かりました。」

 

 ドンドン!ドンドン!次の日の夕方。俺が台所で夕食を作っていたらドアを叩く音がした。マンションにはチャイムがついている。しかし、来訪者はなぜかドアを叩く。

 

 俺は嫌な予感がしたので、ドアのチェーンをかけてドアを少し開ける。

 

 ガン!ドアの間に出てきた手が強引にドアを開けようとし、ドアチェーンが伸びきった。

 

「なんで、チェーンかけるんだよ!開けれよ!」

「音野さんですよね?何の用ですか?」

「いいからこのチェーン外せよ!わざわざ、うちの両親も連れてきたんだから!」

 

 鬼の形相の主婦の後ろには、同じく怒り狂った顔のおじいさんとおばあさんが立っており、声にならない言葉で罵声を上げていた。

 

「怖くて外せませんよ。」

「てめえ、うちが気をつかってやっているのに、いい気になりやがって!うちが4人で使っている部屋を一人で使うなんて生意気なんだよ!ソファーで遊ばせるんだから文句言うんじゃねーよ!」 

 

 もうダメだ。この人たちには話が通じない。

 

 俺はドアを背にリビングに向かい、午後専用の管理人直通電話に電話をした。

 

 管理人は近くに住んでいたみたいで、10分ぐらいで俺の部屋の玄関に来て、上の階の住人たちと何か話して消えていった。

 

 ドン!ドタドタドタドタ!ドン!ドン!

 

 次の日の朝、俺は物凄い音で起きた。

 

 上の階の住人は、俺に対し嫌がらせをすることにしたみたいだ。俺もムキになって数週間、家にいる時は常に音楽を大音量でかけたり、寝る時は耳栓をして寝た。徐々にご飯の量が減り、俺はやつれた。そして、物音に敏感になった。俺はノイローゼになっていた。

 

 久しぶりに訪ねてきた母が俺を見て異常に気付き、何があったのかを尋ねてきた。俺は全てを母に話した。もちろん、話している最中も天井からは音がした。その日の内に、俺は母に連れられ最低限の荷物を持って実家に帰った。

 

 寒い冬が終わり、春になると俺は夜の散歩をする。散歩中に5階建ての小さなマンション見かけると、あの時のことを思い出してしまう。

 

 あれはちょっとしたホラーだったよ。幽霊より人間の方が怖いよ。

 

(名前は全て仮名です。)