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「できる、できないではない。やるか、やらないかだ!」あの言葉が今の俺を突き動かす原動力となっている。

戯言

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 俺は今の会社にコネで入社した。

 

 俺がS本部長と初めて会ったのは、形式だけの面接だった。コネ入社のため採用は事前に決まっていたのだが、そんなことは関係ないぐらい、S本部長は怖かった。

 

 S本部長は物凄く暑さに弱く、面接会場のファミレスのクーラーがあまり効いていないことに終始イラついていた。元々、気も短いということもあり、俺が面接の質問への答えに困っていると、「早くしてくれねぇ~かな?俺も時間がねぇ~んだよ。時は金なりって知っているか?」といかつい顔で心理的圧力をかけてきた。そして、何を答えても全否定。後で同僚から聞いて分かったのだが、S本部長は俺の会社の役員でもあるのだが、皮肉屋の屁理屈屋であって、今まで誰も信用したことがなく、大事な仕事は他人に任せないという、変わり者だった。そのため、社内で嫌われ者だったが、経営者として資質は一流だった。

 

 そのため、俺のS本部長の第一印象は最悪だった。とにかく怖い人だ。そして、変わり者。

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 俺は毎日、S本部長に怒られた。言葉づかい、態度、仕事。何から何まで指導され、無理難題を与えられた。入社して半月後、電卓を触ったことがない俺に、2週間で電卓を見ないで打てるようにしろと言ったり、ペーパードライバーの俺に、S本部長の高級車を運転して大雨の中、高速道路を時速100kmで長距離運転させた。

 

 「できる、できないではない。やるか、やらないかだ!」

 「勝手に自分で限界、作んじゃねーよ!お前には存在能力がないのかよ?」

 

 本当に無理ばっかり言う人で、俺が入社する前も後も、ついて行けず辞めていく人が多かった。

 

 S本部長は毎朝遅刻してくる。そして、定時で上がる。

 

 「他人の時間に厳しいのに、自分は時間にルーズだ。」と、同僚たちは文句を言っていた。彼らは真実を知らされていなかった。知っていたのは、俺と社長たち役員のみ。同情されるのが嫌だったのと、仕事に私情を挟まないためだった。

 

 S本部長の奥さんは末期ガンだった。

 

 毎日、奥さんの看病をしながら、それを隠して仕事をしていたのだ。遅刻するのも定時で上がるのも奥さんの看病のためだった。

 

 時間に厳しいのは、時間の大切さを誰よりもよく知っていたからだった。また、命の大切さも誰よりも知っていた。

 

 奥さんが亡くなる数週間前から、S本部長の苛立ちが増した。異常なまでに短気になって、髪や服装も整えなくなった。精神的に限界だったのだろう。社長たちは、S本部長に長期休暇を取るように伝え、社員全員に真実を話した。

 

 全員が真実を知って泣いた。

 

 S本部長は、長期休暇を取らなかった。会社には週一しか来なかったが、家で仕事をするようになった。俺と俺の直属上司数名だけが選ばれ、会社とS本部長の家を仕事の書類を持って往復するようになった。会う度にS本部長から覇気がなくなっていくのが分かった。あのいかつい顔が死にそうな顔になっていた。家族を失うことが、これほどまでに、人を変えるものだということを初めて俺は知った。そして、そんな状態になってまでも仕事を放棄しない責任感に俺は胸を打たれた。

 

 俺が前向きに生きて行けるのは、S本部長という男の背中を長年、見てきたからだ。

 

 「できる、できないではない。やるか、やらないかだ!」

 

 S本部長が教えてくれた、この言葉は、今の俺を突き動かす原動力となっている。